流鳥物語〜ぼくの旅〜

 大陸から遠ざかって南へと泳いでいく。そうしながら、ぼくは水の冷たさが心地よいことに気づいていた。少しずつ冷えていく水のおかげで、ぼくはどんどん元気になっていく気がする。嬉しくなって水の上でジャンプしたり、ちょっとひねりを加えてたりして泳いでいたんだけど、ふっとぼくと一緒に泳いでいる影に気づいたんだ。
「きみは誰?」
 ガラさんよりはボルトさんに似ている。胸のあたりに黒い帯みたいな模様があって、ちらっと見えた足は黒っぽくてちょっとピンクが混じってる。きっと体の大きさとか、フリッパーとかはとっても近い。目の上から口にかけての部分がとっても綺麗なピンクなのは同じだけど、その形とかはちょっと違うみたい。
「へへへ。ようやく気づいてくれたか。おれっちはカン。こっちはおれっちの連れ合いで、リカってえんだ」
「ようやく。って。もしかして、ずっと一緒に?」
「おうよ。いい泳ぎっぷりだったからよ。ところで名前は?」
「ぼくは自分の名前が判らない。ずっと南に居たみたいなんだけど、仲間とはぐれちゃったらしいんだ。それで仲間を探す旅をしてる。きみたちは、ぼくみたいなのをみかけたことはない?」
 カンさんとリカさんは顔を見合わせた。
「いいえ。私たちも最初あなたをイルカみたいだって思ってみてたの。でも少し違うようだしと思って、近づいてみたのよ」
「おう、そんなに白っぽい背とフリッパーなんて見た事なかったからよ。すっかりイルカだと思っちまったぜ」
「えっ?」
 ぼくは驚いた。フリッパーの外側が白っぽいってことは気付いていたけど、背中までは考えたことがなかったから。そういえば、油を羽に塗るとき、白っぽかったかも知れない。でもぼくはずっと自分の背中が黒いって思いこんでたんだ。何でだろう? 今までに見たペンギン族たちがみんな、背中が黒っぽかったからかも知れない。
「良かったら、私達がつけてあげるわ! ホワイティってどう?」
「ホワイティ?」
 リカさんは深く肯いてにっこり笑った。
「そうよ。だってこんなに白いんですもの。こんなペンギン族、見たことないわ」
 ぼくは思わず嬉しくなってイルカジャンプをした。
「ぼくの名前だ、ぼくの名前だ!」
 ペンギンらしくないって言われるかも知れないけど、だってすごく嬉しかったんだ。
「そういや。羽とか背が白っぽいペンギンが居るって聞いたことがあるな」
 つけて貰ったばかりの名前に舞い上がって飛んだり跳ねたりしているぼくを、面白いものでも見るようにみつめながら、カンさんは言った。
「えっ? 本当に?」
 おうよ。と力強く応えて、「おれっち自身が見た訳じゃねーから断言は出来ねーけどよ」と付け加えた。でもたとえ不確かでもぼくにはかけがえのない情報だ。
「お願い、そのペンギン族の話を聞かせて!」
「いや、おれっちもそんなに詳しい訳じゃねえよ。…まいったな、糠喜びになっちまったらすまねえしな」
 ぼくは首を横に振った。
「間違ったとしても、そこにはぼくの仲間が居ないって確認出来るよ。お願い、カンさん。教えて!」
 カンさんは弱ったようにピンクの混じった黒っぽい足で首のあたりをかいてたんだけど、ぼくの決心が堅いのを見て、教えてくれた。
「ここから西に行ったところに、南北二つの結構でかい島がある。その島のどこかにその羽とか背中が白っぽいやつがいるって話だ。おれっちもそれ以上のことは判んねえ。すまねえな」
「ううん」
 ぼくはぶんぶん首を振った。首が千切れちゃうかと思うくらい。
「手がかりがあるなら、ぼくはどこへでも行くよ。カンさん、教えてくれて、ありがとう」
「おう。またどこかで会ったら一緒に泳ごうぜ」
「あなたのジャンプ、とても迫力があってみていても楽しかったわ。是非また会いたいわね」
 リカさんはカンさんに寄りそうように微笑んだ。もしかしてこれから一緒にコロニーに行くのかも知れない。こんなことを言ったら怒られるかも知れないけど。でも言いたいな。
「うん、ぼくも会いたいな。出来ればお子さんも一緒に泳ぎたいね。お幸せに!」
 カンさんとリカさんは顔を見合わせて、少しはにかんだ。口の傍のピンクがさっきより血色がよくなって、サーモンピンクに近い色になってる。
「ええ、是非」
 リカさんの笑顔は、すごく胸に沁みてどきどきした。きっと、幸せってこういうことなんだろうな。


 南北二つの島は、確かに大きかった。でもあの大きな大陸を見ちゃったぼくには、ちょっと物足りない。だけど島はとても起伏があって、自然が豊かに見えた。比較的歩き易そうな海岸を見つけて上陸したときには、もう日は沈みかけていて、ぼくはカンさんが言っていた「白っぽいペンギン族」に出会えるかどうか心配になっていた。そのあたりの土は柔らかくて、少し窪んだところがところどころにある。ずっと泳いでいて疲れたせいもあって、暫くそこで休むことにした。
「なんか、変だぞ。こいつ」
「うん、でかいね」
「いや、それだけじゃなくて、こう」
「そう、白っぽいんだ。こんな白いやつ見たことねーぞ」
 ちょっと離れたところからひそひそ声が聞こえてきて、目が醒めた。あたりはもう真っ暗で、どこが土でどこが草かも判らない。でもぼんやりと白っぽい小さなものがいくつも並んでいる。
「あっ、目をあけたぞ」
 その声にびくっとしたみたいに、白っぽい小さなものがぼくから少し離れたみたいだった。
「あ、すみません、ぼくはホワイティといいます。仲間を探す旅をしているんです。どなたかぼくみたいなのを見かけた方はいませんか」
 白っぽいと思えたのは、多分小さなペンギン族の、お腹だったんだ。頭から背中にかけては青っぽいんだけど、酷く前屈みになっていて、今まであったペンギン族の誰とも似ていない。でもフリッパーの感じとかは多分ペンギン族で間違いないと思う。お腹の白いところとか、丸みのあるところも少し似ている。
 小さなペンギン族はぼくの言葉を聞くと、顔を見合わせた。ひそひそ声で話しているけど近いだけに内容は聞こえる。
「おまえ、こんなやつ見たことあるか?」
「いや、こんなでかくて白いのなんてな…」
 そこへ小柄だけどぽっちゃりした感じの、きりりとした面差しのペンギン族がとことことこ。ってやってきて、ぼくに向かって声をかけたんだ。
「あたしはリルってえんだ。お前さん、ホワイティって名前だったね? 年はいくつなんだい? 仲間とはぐれたのはどの辺りだったんだい?」
「すみません、全然憶えてないんです。ただ、この島に白っぽいペンギン族がいるらしいって聞いて、仲間かも知れないってやってきたんです」
「おやまあ。それはかわいそうに。だけどこの二つの島にもお前さんみたいなペンギン族はいないよ。居るのは、あたしらみたいなペンギン族でも小さい種族さ。この島には何種類かのペンギン族がいるけれど、それでもお前さんみたいに大きいのはいないねぇ」
 確かに、リルさんとぼくの大きさは凄く違う。ぼくはいま土の上に横たわっているけど、もしこれでリルさんが横たわったら、目線が大分ずれるだろう。でも白っぽいペンギン族は居るのかもしれない。
「そうだねぇ、確かにあたしらよりは白っぽいのもいるね。でもお前さんほどじゃあないよ。だが、確かめに行きたいというなら好きにするがいいさ。ただ、ちょっと攻撃的なやつらもいるから、十分注意するんだよ。特に『失われた森の住人』にはね」
 失われた森の住人? それって一体どんなペンギン族なんだろう。それとも他の生物なんだろうか。それを聞いてみたかったけど、リルさんは仲間と一緒に巣へ引き上げて行ってしまった。ちょこちょこっとした歩き方なのに、意外に早いんだ。他のペンギン族のことをもっと聞いてみたかったけど、ここで立ち上がったら折角友好的に話してくれたのに、変な威圧感を与えるような気がしたので、ぼくはそのまま眠ることにした。海のささやき声が聞こえるこの浜辺は、きっとぼくの夢の中の故郷に繋がってる。何ともいえない安心感に包まれて、ぼくは深い深い眠りに落ちていった。

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