流鳥物語〜ぼくの旅〜



 暑くて、だるくてぼくは目をあけた。波の音がとっても近い。気がつけば、なんか体中が痛かった。
 ここは何処だろう……?
 太陽は、すぐには見つからなかった。それもその筈、照りつけるような日差しを注いでくる太陽は、頭の上の方にあったのだから。それはぼくが見慣れた太陽とはだいぶ違うものだった。ものすごく痛む体を何とか起こして、ぼくは周りを見た。見慣れないごつごつとした黒っぽい岩場がまず目に入る。それからあまりにも鮮やかな紺碧の海。どこまでも続いているから海だってことは想像がついた。でもこんなに色鮮やかな海をぼくは今までみたことがない。…たぶん、きっと。
「おい、オマエ。見かけねーやろーだな?」
 声に振り向いて、ぼくはびっくりした。小さくて赤くて硬そうな体に、鋭いものが両脇にそれぞれ四つずつついている。その上にそれぞれ一つずつの手みたいなもの。大きな手袋でもしているみたいだけれど、尖っていて痛そうに見える。一体なんていう生物なんだろう。
「きみは誰?」
「こっちが聞いてんだよ! まあいいか、オレ様はレオ様だ!」
 自慢げに体を反らしたレオ様は、赤くて素敵な鋏みたいなものをぼくに差し出した。ぼくは片手を…あれ、ぼくの手ってレオ様のとはだいぶ違う。これじゃレオ様の鋏みたいな手で切られちゃいそうだ。でも友好のしるしなんだから、レオ様も突然ぼくに切りつけたりはしないだろう。そう思って手を差し伸べた。
「レオ様? はじめまして、よろしく。ぼくは…なんて名前だっけ?」
 その拍子に、レオ様がコケて、ぼくの手の真ん中へんを締め上げた。
「痛い!」
「おっとっと。すまねぇな。でもオマエが突然変なことを言うからだぜ。名前が判らねぇなんてよ」
 ぼくは手をそっと見つめた。良かった、怪我はしてないみたい。レオ様もぼくの手を不思議なものを見るようにじっと見ている。心配してくれてるのかな。
「でも本当なんだ。ぼくは一体誰なんだろう」
「こりゃまいった! オマエ、もしかして自分のことが判らないのかい?」
「そうみたい。ねえ、レオ様。ぼくみたいなのをどこかで見かけたことはない?」
 レオ様はちょっと考えこんで、それから首を――たぶん、首だよね――横に振った。
「いねえなぁ。似てるっちゃこの島に住んでる『ガラ』ってメスが似てるけどよ。オマエはもっとでかいしなあ」
「じゃあその『ガラ』さんに会わせて!」
 ゲッ!って声を出して、レオ様は口から泡を吹き出した。そんなに驚いたのかな。それともそんなに嫌だったのかな。
「オレ様はあいつらが苦手なんだよ。まだ『ガラ』は穏やかだからたまに話もするけどよ。それに似てるってだけでオマエとはだいぶ違うぜ?」
 でも手がかりは他にはないんだよね。
「お願い!」
 ひょこひょこと右に行ったり左に行ったりしながらレオ様は暫く考えていたけれど、しょうがねぇな。とつぶやいてぼくに教えてくれた。
「オレ様はあいつらのいるところにゃ行きたかねーから、オマエが一人でいけ。行き方だけは教えてやる」
「ありがとう!」
 それからぼくはレオ様と別れて歩き出した。ぼくの長い旅はここから始まったんだ。


「ガラさんって方を探しているんですが」
 そうぼくが声を掛けると、ぎゃーぎゃーと大きな声を上げてみんな逃げていってしまう。ぼくのような姿を見たことがないからなのか、それともぼくが余程凶暴そうにみえるからなのか、ぼくはちょっと落ち込んだ。でも他に手がかりがないんだから、ぼくとしては話を聞いて、教えて貰うまで頑張らなくちゃいけない。
「すみません、ガラさんって方はいらっしゃいませんか」
「あなたは誰?」
 うしろの方から綺麗な声が聞こえて、ぼくは思わず振り向いた。ぼくにむかって語りかけられたような気がしたから。
「ガラさん、ですか?」
 ほっそりした体は、確かにレオ様が言ったとおりでぼくとはぜんぜん違う。目の色は赤くって、仄かにピンクが混じった口はとても綺麗だった。多分ぼくの仲間はこんな風ではなかった気がする。でも体の形の雰囲気とか、お腹の色は少し似てる。それに手も。レオ様のに比べたらぼくのによく似てた。大きさがだいぶ違うみたいだけど。
「ええ」
 ぼくより少し高い岩場に立っていたけれど、それでもぼくの方が目線は高かった。
「レオ様に教えて頂いてあなたを探してました。ぼくは自分のことが判らないんです。どこかでぼくみたいなのを見かけたことはありませんか」
「あなたのような? いいえ。あなたはどこからいらしたの?」
 ガラさんはとても丁寧で優しかった。
「判らないんです。起きて、見回したら見慣れた風景とはだいぶ違うし。何処から来たのかもぼくは良く憶えていないんです」
「まあ。ではあなたは流されてしまったのかも知れないわね」
 そっと哀しげにガラさんは目を伏せた。とても哀しげに。
「それで、ぼくはぼくの仲間を探そうと思うんです」
「どこから来たのかも憶えていないのに?」
 ガラさんの声は綺麗だったけど、なんとなく突き刺さるような感じがした。
「でもこのままここにずっといるわけにはいかないですから」
 はっとしたような瞳がぼくをじっと見つめる。
「そうね、お行きなさい」
 それから、力になれなくてごめんなさいね。とやさしい口調で言ってくれた。


 ぼくはガラさんと別れてずんずんと歩いて行った。この岩場はとっても歩きにくくてぼくは何度も海に落ちそうになった。それにすごく暑くて、体がだるい。そのとき、丸っこい岩が目に入った。他のと違ってあまりごつごつしていない。だから、それに上って周りをちょっと見回そうと思って、足を掛けたんだけど。その瞬間、いきなり大声がしてぼくは吃驚した。
「てやんでい! 何しやがる!」
 あたりを見回したけど、どこから声がしたのかは良く判らない。きょろきょろ見回していると丸っこい岩から細長いものがにょろん。って伸びてきて、ぼくはひっくり返った。
「い、岩が!!」
 細長いものは、目と鼻と口があった。丸っこい岩の端の方から出ていて、ぼくが岩だと思っていたのはその体だったんだ。
「ごごご、ごめんなさい」
「あん? お前ぇ他所者か? 見かけねえ面してやがんな?」
 そういえばレオ様もぼくのことをそう言ってたっけ。
「あの、ぼくどこの誰だか自分でわからないんです。それで仲間を探しているんです。どこかでぼくみたいなのを見かけてませんか」
「ほっほー! それはそれは」
 長い首が岩の端っこの方に戻りかけて、それからまたぼくの方に振り向いた。
「ガラには会ったのかよ?」
「えっ? あ、はい。ついさっき。でもぼくみたいなのには会ったこともないって」
「おいらは亀蔵ってんだ。この島に百五十年ばかり生きてる。だから、この島であったことは大抵おいらの耳に入る」
 百五十年。って本当なんだろうか。とてつもなく長い時間ってことだけしかぼくには判らない。
「ここはいくつかの島が集まって出来ている。だから、外の生物とは随分違う風に育っちまったモンも多いんだけどよ。ここから東の方に行けば大陸がある。そっちの方がお前ぇに似ている奴がいるかも知れねえ」
「東…ですか? でもぼく飛べない…」
 亀蔵さんはそれを聴くなりぷっと吹き出した。あまりにも盛大に笑いすぎて、本当に息が苦しそうだったので少しさすってたら、回復したみたい。
「お前ぇ、ガラの仲間の、違う種類に間違いねぇよ。多分だがな。だから、飛べなくてもその羽で海を泳げる。ざぶんと一回飛び込めばすいすい泳げるさ。じゃあな、あばよ。達者でな」
 それだけいうと亀蔵さんは首をすっこめてまた岩みたいになってしまった。

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