流鳥物語〜ぼくの旅〜



 海は旅を始めたころに比べて、どんどん冷たさを増している。それが何だか不思議に、ぼくには気持ち良い冷たさだった。なんだろう。すごく落ち着く気がするんだ。この冷たい感じを、ぼくはとても良く知っている気がする。
 アズさんと別れたぼくは、言われた通り南へ向うことにした。でも海が荒れて、思うように進まない。ぼくは疲れきって、とりあえず近い適当な島で休憩することにしたんだ。一番最初に見えた島は、絶壁が続いていて、思わずぼくはごくり。って唾を飲み込んだんだ。海からすぐ近いあたりはまるで石垣みたいで、白い岩がそびえている。苔が豊かに生えて、緑と白い岩とのコントラストがとても綺麗だった。上陸出来ないかも知れないけれど、少し休むなら。と思って、ぼくは近くへと泳いでいった。そしたら、絶壁の上の方から、勢いよく水が落ちてくるのに気が付いたんだ。その近くの苔は他のところよりもずっと緑が濃くて、深く見えた。
「なんて綺麗なんだろう」
 ぼくが思わずそう言ったら、「そうだな」という声がすぐ近くで聞こえて、思わず振り向いたんだ。そして、ぼくは目を瞠ったんだ。そこにいたのはペンギン族、多分アズさんに近い種族だと思う。薄い黄色の眉の飾りは、茶色と朱色を混ぜたような色合いの嘴の、すぐ上から目の上をやわらかくカーブしている。嘴の下は眩しいくらいに白い羽毛が縁取っていて、顔の黒さが一層引き立って見えた。濃い茶色に見える目は少し小さいけれど、とても知的な感じがしたんだ。
「見かけない顔だが、おまえさんは?」
「ホワイティと言います。仲間を探す旅をしています」
「ここの島にはおまえさんのような白っぽい、大きなペンギン族はおらんよ」
 島に上陸する前に判ったのはラッキーだったのか、アンラッキーだったのか。でもぼくはくたくただったんだ。
「そうなんですか。じゃあちょっと休憩したら、なるべく早く出掛けることにします」
 そういうと深く肯いてにっこりと笑ってくれた。
「わしはテッド。長いこと滞在しないのなら大きな問題にはならんだろうが、何かあったらわしか、エレクトラの名を出しなさい」
「ご親切に、ありがとうございます」
 ぼくはテッドさんと並んで島に到着した。上陸して、テッドさんがとてもスリムでハンサムなペンギン族だということに気付いた。こんなにハンサムなペンギン族って、今まで見たことがないや。絵になりそうな、ってこういうペンギン族のことを言うのかも知れない。尻尾が地上とぶつかったあたりは少し色が白っぽくなっているけれど、背中も顔も目を惹く様な黒。そして細くて形の整った薄いピンク色の足に、細くて長くて鋭い黒い爪。全身をぶるぶるさせて軽く水気を払うと、薄い黄色の眉が少し乾いて、ちょっとだけぴんと張って、まるでブラシみたいに見える。白くて緩やかなカーブのお腹は程よくふくらんでいた。良く見回したら、ここのペンギン族は皆そんな風なハンサムなペンギンばかりだった。
 上陸した「岩棚」は、大きな石が沢山あったけれど、石は波か何かで削られているみたいで、ごつごつした感じはなかった。そこはコロニーから近いみたいだったので、お邪魔にならないように離れたところで休むことにしたんだけれど、苔と緑に隠れるようにしてコロニーの様子を窺っている生き物がいるのに、ぼくは気づいたんだ。
「どどど、どうしよう?!」
 でもぼくが傍に行けば、また嫌がられてしまうだろうし、迷惑にもなりかねない。そうだ、近くにいるペンギン族に、テッドさんかエレクトラさんを呼び出して貰えば。そう思って、なるべく驚かせないように、近くにいた若いペンギン族に恐る恐る声をかけたんだ。
「すみません、ぼくはホワイティといいます。テッドさんかエレクトラさんに連絡をしたいんですが」
 びくっとしたような顔をしたけれど、ぼくがテッドさんたちの名前を出したことで、きりりとした引き締まった表情になった。
「どうかしたのか?」
「はい、あそこに、見慣れない動物がいて、こちらを窺っているんです。ぼくはもう少し休憩したらこの島を出るつもりですが、テッドさんに伝えておけば注意して頂けると思って」
 若いペンギン族はちら。とそちらを見て、ああ。って肯いたんだ。
「あいつらは、ネズミというやつらだ。『ヒト』が連れてきた連中さ。あいつらはヒナや卵を襲って食っちまう。お陰でここ数年は中々若いのが育たなくてな。これじゃどんどん仲間が減っちまうって皆で心配してたんだ。そうか、じゃあこちら側には巣を作らない方がいい。ホワイティ、だったな。教えてくれて、ありがとよ。俺じゃああいつは見つけられなかったぜ」
 え。って一瞬吃驚したけれど、そうか。ぼくの方が背が高いから、あそこに隠れているネズミを見つけることが出来たんだ。でかいでかいと言われ続けてて、ちょっと落ち込みかけてたけど、この身長が役に立って良かった。ってぼくはとっても嬉しくなったんだ。
「お役に立つことができて、幸せです。繁殖の成功をお祈りしてますね」
「おう、ありがとよ」
 若いペンギン族…クレスさんは、そう言ってやわらかくカーブした片方の眉だけをそっとあげた。

 テッドさんやクレスさんの島を離れて、ぼくは考え込んだ。「ヒト」が連れてきた「ネズミ」というやつが、ぼくらペンギン族のヒナや卵…大事な子供たちを襲っている。それは、テッドさんたちのペンギン族だけではないんだって、気付いたんだ。確かそう、フィリップさんとパティさんも似たような害を受けているって言ってた。ボルトさんは「人間」ってやつらが卵を取りにくるんだって憤慨してた。それに。アズさんのいた島の傍。確かに海が荒れてたけれど、それだけじゃなかった。だって、変な油みたいなものが海一面に浮かんでて、汚くて臭くて、泳ぎにくかったんだ。この近くに他のペンギン族はこない。って言ってたけれど、それでもまだ「ヒト」とか「人間」が来ないだけ、そういう被害を受けないだけ、少しは繁殖に適しているのかも知れない。ぼくはそんなことを考えながら、また次の島をめざして泳ぎはじめた。

 細くて長い草は地面からゆるやかに空に向って伸びていて、柔らかくカーブしてまた地上近くへと戻る。そういう草の塊みたいなものが、島全体を埋め尽くしてた。生き生きとした明るい緑色はお日様の光を浴びて、とても元気そうに見える。ところどころの灰色っぽい石や岩には、白いちっちゃなものが沢山ついて、まだらになっているのが見えた。この島にもペンギン族がいるのかな。と思いながら上陸したら、少し離れた岩場に、海からぴょんぴょん上がっていくペンギン族が見えた。黄色い眉が海水で張り付いているけれど、乾くとそれが扇みたいにふわっと広がっていく。少しつんつんした感じのそれは、今まで会ってきたペンギン族の中でも特に大きくて、立派で、とても素敵だった。顔は黒くって、アズさんやテッドさんたちと近いペンギン族だと思うけど、嘴と目はオレンジ色で、テッドさん達にあった嘴の下の白い羽毛がないし、体格もほんの少し小柄で、ちょっとふっくらしてる気がする。足はテッドさんより少し濃いめのピンク。足の先の方は黒くて、水掻きが大きく見えた。背中と頭の黒々とした色や毛艶はテッドさんの目を惹く黒を思い出させるけど、でも多分違う種類なんだろうな。と思ってたら、すごい急斜面を勢いよく飛んでいくのが見えた。すごい。少し遠いから大きさまでは良く判らないんだけど、ぼくよりは絶対に小さいと思うんだ。それが、ぴょんぴょんって自分の身長よりずっと高いところへ飛んでいくんだ。吃驚しない方がおかしいと思う。凄く足腰が強いんだろうな。海を行くとき、ぼくらペンギン族はすごいスピードで流れるように泳ぐ。でも陸上ではよたよた。それが普通だと思ってたんだ。でも、この島にいるペンギン族は、本当にぴょんぴょん良く跳ねる。すごく元気がいいペンギンだなって感心していたら、何時の間にか囲まれてた。
「なんだ、コイツ」
「おい、変なやつがいるぞ!」
「あ、あの…!」
 詰め寄るようにあっという間に囲まれてしまったぼくは、どう言ったらいいか判らなくて本当に困ってしまった。
「でも、コイツ、こんな白っぽくてデカイけど、一応ペンギン族じゃねーの?」
「じゃああのヘンなやつとは関係ねーか」
 ぼくを無視して、会話が成立してる。とりあえず自己紹介でもすれば、休憩だけはさせてもらえるかな。
「あの、すみません。ぼくはホワイティと言って、仲間を探しています」
「あん?」
「ぼくに似たようなやつを見かけたことはありませんか?」
 恐る恐るそう言ってみると、囲んでたペンギン族たちはお互いに顔を見合わせていたけれど、その中で、ひときわ体が大きそうなペンギンが、ぼくをじろっと睨みつけた。
「おいらはロック。こっちはホップだ」
 そう言って、隣にいたペンギンをぼくに紹介してくれた。良かった、怖そうだと思ったけれど、話を聞いてくれそうな気がする。
「人間ってやつらがおいらたちの餌を横取りしちまう上に、最近妙な病気が流行るようになってな。それでここ数年、ばたばたと仲間が死んじまった。理由は判らないんだが、どうも人間どもが持ち込んだやつらに、原因があるとおいらは睨んでる」
 仲間が激減してしまう程の病気の大流行。それは、警戒しても当然だ。ましてや、群を守るリーダーなら、慎重になって、新参者や見慣れないものを警戒しなくちゃいけないだろう。
「ぼくは、仲間を探しています。この島に居ないなら、すぐに立ち去って他の島へ行きます。ご迷惑をかけないようにしますので、少しの間、置いて下さい」

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