流鳥物語〜ぼくの旅〜


十一


 ぼくとそのペンギン族は、暫くじっと見つめあってた。ような気がする。というのも、あまりにも吃驚してしまって、動けなくなっちゃったからなんだ。それから、そのペンギン族はものすごい悲鳴をあげて、猛スピードでダッシュして、行ってしまった。最初は二足歩行でばたばたと、途中でコケてからはトボガンで。
(注:トボガンとは、ペンギンが腹ばいになって、フリッパーでバランスを取り、足で蹴って進む方法をいう。二足歩行よりずっと早いので、遠距離移動などに良く使われる。まるで橇のように見えることから、北欧の橇「トボガン」の名で呼ばれている)
 ぼくは少し不安になった。やっぱり帰って来てはいけなかったんだろうか。ここを、ぼくは「石もて追われた」のかな。そんな想いが頭の中をぐるぐる旋回してるみたいで、どうしたらいいか判らない。居場所がない。行く場所が見つからない。限りなく地平線に近い太陽だけが、ここが、ぼくが記憶していた場所にとても近いところだということを教えてくれる。でも、それはぼくにとっての生きる場所ではないのかも知れない。そんなことを考えたけれど、失われてしまっているぼくの記憶を取り戻すためにも、そしてぼくのこれから生きるべき場所を見つけるためにも、ぼくは本当の「故郷」へ帰らなければならないって思ったんだ。その場所は、ぼくが見た太陽の記憶が教えてくれるはず。いつまでもそこでグダグダしてる訳にはいかない。ぼくは胸いっぱいの不安を抱えて、歩き出した。

 どこまでも白い白い大地が、どこまでも続いている。重い足を引き摺るように、ぼくは歩いた。トボガンで進むことも考えたけれど、太陽の位置を確認しながら歩くなら、歩いていくのが確実だと思ったからだ。でも本音をいうと、ちょっと。ううん。すごく。ぼくは怖かったんだ。故郷にたどり着いたときのことを考えるのが。長い道のりを越えて帰ってきた故郷で、何を言われるのかが。記憶があったら、ぼくがどうしてここを離れたのか、判るだろう。もしくは離れなくちゃいけなかったのかが。でも今のぼくには、そういうことは何ひとつ判りはしないんだ。だから、たとえ嫌われても、迷惑だって言われても、ぼくはその理由を知らなくちゃいけない。
 大きな山を越えて、ぼくは黙々と歩いてた。そういえば、暫く何も食べていない。お腹は少し空いてはいるけど、暫くの間なら耐えられそうだった。そんなときだった。ぼくは、ひとつのコロニーを見つけたんだ。
 コロニーには、ぼくが見つけた、あのペンギン族と同じペンギン族が、沢山いた。そして、どんどん到着してるみたいだった。トボガンで来るペンギン族、歩いてくるペンギン族もいる。コロニーはとても大きく見えた。こういうコロニーはこの「最果ての氷の島」に一体どのくらいあるんだろう。でも、そのコロニーは今までみたペンギン族のコロニーとは、全然違っていたんだ。例えばそう、他のペンギン族はみんな、巣を作る。でも、このペンギン族には、巣がないみたい。石や羽や木や土で、巣を作ったりはしないみたいだった。それとも、まだ繁殖期じゃないから巣を作らないってことなのかも知れない。
 少しずつ集まっているペンギン族は、多分殆どが顔見知りなんだと思う。頭を下げたり、声を出したりして、とても優雅な挨拶を交わしていて、すごく賑やかだ。そして、とても楽しそう。このコロニーは、ぼくを迎え入れてくれるかな。ぼくの故郷とは少し太陽の位置が違うような気もするんだけど、でもきっとそんなに離れている訳ではないような気がする。それとも、入ろうとした途端追い出されてしまうんだろうか。ぼくはそんなことを考えたけれど、でもコロニーには怖くて近づけない。何が怖いって、多分拒否されるのが、だと思う。長い長い旅をして、遥かな海を越えて、故郷に帰ってきて。そこでもし拒絶されたら、ぼくは本当にどうしていいか判らないもの。拒否されることが平気なんて、ない気がするんだ。行動しなくっちゃそのまんまってことは判ってる。でも、ぼくには声を出して、挨拶をして、「仲間に入れて貰えませんか」って言うだけの、ほんのちょっとの勇気が足りないんだ。ここまで来て、そう、あんなに長い旅をしてきて、ぼくは少しも成長してない。ううん。寧ろ、ここに向う途中のほうが、きっと勇気があったんだ。どこでその勇気を落としてきてしまったんだろう。そんな馬鹿なことを考えたりして、本当にぼくは馬鹿だ。

「おい」
   振り向くと、あのペンギン族がそこにいた。
「お前、一体何者なんだ?」
 ぼくは思わず、じっと相手を見つめた。
「ぼくは…ペンギン族だと思う。多分、この『最果ての氷の島』で生まれて。……ぼくは、自分が誰なのか、判らないんだ」
「何だと?」
 胡散臭げにぼくを見つめているペンギンは、すごく鋭い目つきをしてた。もしかしたら、このコロニーのリーダーなのかも知れない。それだったら、不審なペンギンがあたりをうろついているのを嫌っても仕方ないよね。だから、ぼくは話をした。一番最初に、あの暑い島で目が醒めたときからの話を。長いながい、ぼくの旅の話を。全て話し終えたとき、ペンギン族――ペールさんって名乗ってくれた――は何とも言えないような顔をしてた。
「そうだな。おれたちと、多分お前の種類は同じ種類かも知れない。色がこんなに違うけれど。でも、このコロニーには、そんな色で生まれた奴は今まで居なかった。だから、お前の故郷はここではない、どこかのコロニーだと思う。だが」
 一呼吸おいたとき、深く息を吸ったのがぼくにも判った。
「お前の羽の色は、もしかしたら、故郷のやつらに、歓迎されないかも知れない。それは、考えておいた方がいい」
 すごく冷静に指摘してくれたのは、きっとペールさんの思いやりだと思う。でも、今はちょっと要らなかったな。だってそれはぼくがずっと考えていたことなんだもの。指摘されて、余計凹んじゃったのは仕方ない。
「い、いや。そんなに脅かすつもりはなかったんだが。そんな羽の色は、今までみたことが無えしなぁ。強いていえば、俺達の雛どもの、生まれて一番最初に生える羽が少し似てるっちゃ似てるか」
 気を逸らすみたいに、慌てて言ってくれた言葉も、ぼくにとっては慰めにさえならない。でもこれはぼくの勝手な事情だ。ペールさんには全く関係がないことなんだもの。そうだ、今まで旅の途中で出会ってきたペンギン族たちだって、ぼくとは全然関係ないのに、親身になって話を聞いてくれたり、アイディアをくれたりした。ぼくが知りたいと思ったことを教えてくれたペンギン族だっている。そういう情報は、当のペンギン族にとっては、一文の得にだってならないんだ。なのに、それをしてくれた。純粋な、好意で。ぼくは、出会ってきたいろんな種族の動物たちの好意で、やっとここまで来れたんだ。ぼくが本来生まれただろう場所、この「最果ての氷の島」へ。ぼくは確かにぼくだけだけど、でもぼくだけじゃない。いろんな動物たちの好意で支えられて、ここまで来ることが出来た。だったら、こんなところでぐずぐず考えこんでいるのは、そういう動物たちの好意に対する背信行為とさえ言えるんじゃないだろうか。
「ありがとう、ペールさん」
 ぼくは、何が何でも行かなくちゃいけないんだ。そういう気持ちが、体のずっと奥の方からまるで炎みたいに湧き起こってきたんだ。そうしたら、なんだろう。すごく、気持ちが軽くなってきたんだ。旅の途中で出会った、いろんな動物たちの顔が、次々に頭に浮かんでくる。優しく微笑んでくれた顔、気味が悪いと罵られちゃったこともあったっけ。あっちへ行けって言われたこともあったっけな。でも、別にぼくに害意があった訳じゃなかったし、たとえぼくの容姿が嫌われたとしても、みんな、最終的にはとても優しかったし、判る範囲内でいろんなことを教えてくれた。今から帰る故郷のペンギン族が、ぼくをどう思っていたか、どう思っているかは判らない。でも、今まで大変だと思ってきた旅のことを考えたら、そこでどんな仕打ちにあったとしても、大丈夫かなって気がした。
「なんか、すっきりした顔になったな」
 隣に座っていたペールさんが、ぼくの顔を覗きこむように笑った。
「もし、故郷のやつらに見捨てられたら、このコロニーに戻って来い。多少時間はかかるだろうが、俺が何とかしてやる」
 すごく頼り甲斐のある言葉に、ぼくは思わず吃驚した。
「ペールさん…、どうして?」
 なんとなく、歯切れが悪そう。ぼくの顔をチラっと横目で盗見して、それから顔をあげて、遠くを見るように言ったんだ。
「……俺達の雛どもの色に、良く似てるっつったろう。お前は一応若鳥だろうが、行き倒れたりしたら、子供が死んじまったみたいで、寝覚めが悪りぃんだよ」
 それって、何となく微妙な気がするな。と思ったことは、流石にペールさんには言えなかった。

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