第一章イオニアの華

二、騾馬の王





 クルは二十歳になろうとしていた。十歳の時には寧ろ小柄であった彼だが、がっしりと逞しく伸びやかに成長している。すっきりとした双眸は明るく、地位身分や経済力などで人を見下すことがない、思いやりのある青年になっていた。
 メディアの牛飼の家、アンシャン王宮、メディア王宮、そして再びアンシャン王宮と。環境は違ってもそれぞれに深く温かい愛情に包まれて育った彼の傍には、常に人が絶えない。そんなある日、猟師が訪れた。「獲物をクル様に直接献上したい」との申し出に、客人を好む若い王子はそれを快く許可したが、それは狩猟好きな青年の心を計算した上での行動ではなかったろうか。差し出された兎を楽しげに受取った青年の耳に、その言葉はまるで呪文のように注ぎ込まれた。
「お一人の時に兎の腹を割いてご覧下さいませ」
 不審を憶えつつもクルは、猟師の言葉通り居室で兎の腹を割いた。そこには羊皮に包まれたパピルスが入っていた。それは、かつてアステュアゲスによって愛息を殺され食べさせられた寵臣ハルパゴスからの密書だったのである。王子の頃より祖父アステュアゲスには粗暴な振る舞いがあったが、王位に就いて以来それが多くなったと批難する内容が認められていた。アステュアゲスはクルの祖父にあたる。そして馬術を教えてくれた恩人でもある。気に入ったものをえこ贔屓する癖は確かにあったが、クル自身はそれをされるばかりであったから、ハルパゴスの密書の内容は彼にとって判り難いものではあった。将来アンシャン王となるであろうクルと誼を結びたいというハルパゴスの求めを、青年は寧ろ冷ややかな気持ちで見つめた。長年仕えてきた王アステュアゲスに反旗を翻したいというハルパゴスを彼は信じるべきか否か? 父王カンブージャがメディアの軛を逃れたいと密かに願っていることを知ってはいる。しかし性急にことを運んではならぬし、もし見誤れば王の血縁と言えども彼は逆賊の名を蒙り悪くすれば極刑、良くても罪人として幽閉され余生を生きることになりかねぬ。まして。祖父アステュアゲスが赤子であったクルをかつて夢占の為に殺そうとしたことに思いを致せば、いくら可愛がった孫であるといえどもクルの命の保障はないとみるべきだろう。クルの独断で行ったと主張したとしても、血の繋がった他の家族……アンシャン王家にも累が及ぶのである。そして一方、害意を持つ者がこの密書を上手く活用すれば、ハルパゴスとクルとを同時に抹殺することが叶う。密書は陰謀の重大な証拠となりうるし、アステュアゲス王或いはその側近や近親が王孫に揺さぶりを掛けている可能性も捨てきれぬ。慎重に判断せねばなるまい。彼は密書を誰にも見つからぬ場所へと隠した。運命の歯車は、今再びクルを中心にまわりはじめようとしていた。

 盛名を誇ったアジアの雄アッシリアが歴史の中に消え去り、メディアの栄華が光を失おうとしている時、青年は鮮やかに歴史の表舞台に登場した。伝説の存在ではなく、命ある人として。彼の名はクル。ヘラスの言葉(ギリシア語)でキュロスと呼ばれる彼は、アンシャン王カンブージャ(カンビュセス)の長子としてこの世に生を享けた。その母はメディア王女マンダネであり、血統からいえば母系の方がより名のある家系と言える。彼及びその祖父の生年に関していえば、多少疑問の余地があり、寧ろ王アステュアゲスを母の兄と見た方が年代的に納得行く場合もあるのだが。歴史資料を紐解いていくと、伝わるその全てはアステュアゲス王をクルの祖父としている。資料によって多少の違いはあるが、紀元前六〇〇年頃にクルは誕生し同五二九年に没したとされている。在世期間は単純計算で七十一年。戦死したとされるクルが七十の齢を越えて軍を指揮していたかどうか、謎は残るのだがそこまでは良いとしても。メディア王アステュアゲスについて多少問題が残る。彼の生没年は不明であるが、紀元前五五〇年迄は在位していたとされている。生涯に複数の妃と数人の娘を持ったようであるが、クルを産むべきマンダネ及びカルデア(新バビロニア)王嗣子(後のネブカドネザル二世)に嫁いだアミュティスのことを考慮に加えると、遅くとも紀元前六三五年頃迄にはアステュアゲスは誕生していなければならぬ。すると、紀元前五五〇年頃には九十に迫る高齢であった計算になる。当時の様々な状況を慮ってみるに、些か長寿過ぎるのではないかと思われるのだが。穿った考えと言われても仕方ないかも知れぬ。蛇足ついでに、クルの遠い子孫にあたる、小キュロスとして知られる王子キュロスはアルタクセルクセス二世の弟であるが、そのキュロス王子の部下クセノフォンが残した数多くの文献の一つに「キュロスの教育」という本がある。これは大キュロス或いはキュロス大王として知られるクルのことを書いた小説であるが、アステュアゲス王の死後にその息子キュアクサレスが王位に就いたことになっており、またクルの妻はそのキュアクサレスの娘(その場合、クルの従妹に当ることになる)であることになっている。年齢及びその他様々な状況を加味して検討すれば、納得したくなる文献資料であるが。恐らくはクルを理想化して描かれた、クセノフォンの創作であろう。

 クルが少年の頃に培った馬術の技術を生かし、かねてからの念願であったアンシャン騎馬隊を結成したのはここ数年のことである。山がちな地形で馬を飼うのは困難があったが、彼は試行錯誤を繰り返してそれを現実のものとした。この時代、機動性は敵の包囲殲滅戦を目指した場合必要不可欠なものであったし、メディアやリュディアでは騎馬隊が活躍していた。彼にとっての仮想敵国がどこであったのかは謎であるが、その中に祖父が治めたメディアがなかったとは言い切れぬだろう。いずれにせよ、少年とその父が選んだ道は、いつか少年の祖父と対決せねばならぬ道であった。そしてその時は目前に迫っていたのである。それは、平坦という言葉からは程遠い、長く険しい道であった。

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